田代里奈。
コウが以前付き合っていた彼女。そして今は、ツバサがボランティアとして通っている家に住まう少女。
どう思ってんだろ?
あの日、コウと里奈=シロちゃんは、繁華街の異様な地下室で再会した。
現場がゴタゴタしていて、二人はまともに会話を交わすことはなかった。だがお互いに、過去の彼氏、過去の彼女と認識してはいたはずだ。
あれ以来、コウの口から里奈についての話は聞かない。
私には、言いたくないのかな?
コウは以前と同じく、唐草ハウスには入ってこない。あれ以降、二人が会った形跡はない。
会いたくないのかな? もう別れちゃったワケだし。
そう思うと少し気が楽になる。だが、気は休まらない。
「護れなかった」
やっぱりコウのどこかに里奈が存在しているようで、落ち着かない。
シロちゃんは?
以前と同じように、里奈とも顔を合わせる。だがやっぱり彼女からも、コウの話を聞くことはない。
私がコウと付き合ってるの、気にならないのかな? 別れちゃうと、そんなモンなのかな?
そう思う一方で、だが口には出さないがゆえに秘めたる想いがあるのではないかと、勘ぐってしまう。
私って、嫌な人間だな。
うんざりとため息をつきながら見下ろした先。瞳が真摯に見上げてきている。
「なっ 何?」
「それはこっちのセリフ」
今度はコウがため息をつく番。
「話、聞いてなかっただろ?」
「あっ」
またやっちゃった。
「ごめん」
両手を合わせてペコリと頭を下げる。
「ごめんね」
「いいって」
「何の話だっけ?」
頭を捻り
「三年の合唱の話だよね」
一生懸命思い出そうとするツバサの表情を見ていると、コウは怒りどころか逆に穏やかな気分になれる。
ツバサは素直だ。
コウはツバサのそういうところが好きだ。
「いいよ、別に大した話じゃねぇし」
そう言って足を止めた。
「じゃあ、ここで」
「え?」
「俺、熟の自習室行ってくる」
「あっ そうなんだ」
「じゃあな、ガキ泣かせんなよ」
「泣かせたりなんかしないっ」
ハハハッと笑い、コウは背を向け遠ざかっていく。
「ばぁか」
その背中にペロリと出す舌。
ツバサが"シロちゃん"の正体を知って悩んでいた事を、コウは知っている。なぜなら、ツバサがコウに言ったから。
「俺、お前を信じてる」
その一言で、途端に溢れた。
何もかもが抑え切れなくなって、洗いざらいコウに話した。それで美鶴は助かった。
「言ってくれて、ありがとな」
自分は醜いと唇を噛むツバサの頭をポンポンと叩きながら、コウは笑ってくれた。
「ツバサは汚い人間なんかじゃないよ」
田代里奈とコウを会わせたくなくって、危うく一人の少女が命を落とすところだった。
悪いのは自分だ。勝手に悩んでた自分が悪い。
それはわかっているけれど…
「せめてさぁ」
思わず口に出してしまう。
今はなんとも思ってないよ なんて言葉くらい、言ってくれてもいいのにな。
言ってくれないと、二人がそれぞれどう思ってるのか、気になって気になってしょうがない。
「ツバサは醜くなんかないって。それは俺が一番よく知ってる」
本当に私の事、ちゃんとわかってんのかなぁ?
急激に広がる疲労感。
「あーっ もうっ!」
バカバカッ! 私もコウの事、信じてあげなきゃいけないのにっ
こんなにも信じてもらってんのに疑ってばっかじゃ、ホントに嫌な人間になっちゃうぞ。
辛気臭くなる自分も嫌だ。こういう時は唐草ハウスで、思いっきり子供と相撲でもやるのが一番いい。
「そういえばコウのヤツ、何か言いかけてたような」
バスケ部に対する学校の粗雑な扱いについて話をしていた時、それに… と言葉を続けようとしていたコウ。
いや、実際には話は続いていたのだ。ただ自分が聞いていなかっただけ。
コウは大したこと無いって言ってたけど、でもやっぱ、人の話はちゃんと聞くべきだよね。本当に今度からはもっと気をつけよう。
自分に言い聞かせ、ツバサは唐草ハウスへと向かった。
そんなツバサの後ろ姿を、田代里奈は無言で見送る。
うぅ 声、掛けそびれちゃった。
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